個人開発をやっていると、たまに「これは良いアイディアじゃないか」と思うことがある。
そして、調べる。
すると、だいたいある。
最初は悔しいのかと思っていた。でも実際は違う。
「えっ。もう、あるんですか!?」
こっちだ。
しかも、そのあとに続くのは「すげえや」である。
昔、分散 OS みたいなものを考えていた時期があった。
コンピュータをネットワーク越しに一つの巨大なコンピュータのように扱えたら面白いんじゃないか。全部を透過的に扱えたら便利なんじゃないか。
そんなことを考えながら調べていたら、Plan 9 が出てきた。
しかも Bell Labs。
「そんな昔に!?」
となった。
もちろん、そこで話は終わらない。
次に思うのは、「じゃあ、なんで流行ってないんだ?」だ。
Unix が勝った理由。
Linux が勝った理由。
互換性、エコシステム、時代背景。
調べれば調べるほど、「良いアイディアだったのに勝てなかったもの」が山ほど見つかる。
これが面白い。
最近でも同じことを何度も繰り返している。
「こんなアプリ欲しいな」と思う。
調べる。
ある。
また、ある。
個人開発者あるあるなのかもしれない。
でも、不思議なことがある。
それでも新しいサービスは生まれ続ける。
WhatsApp の前には Skype があった。
MSN Messenger もあった。
YouTube だって、動画をネットで共有するという発想そのものが初めてだったわけではない。
「みてね」だってそうだ。
家族で写真を共有するサービスなんて、アイディアだけなら誰でも思いつきそうなものだ。
それでも彼らが勝った。
じゃあ、何が違ったんだろう。
正直、よくわからない。
でも、一つだけ共通している気がすることがある。
「自分は欲しい」。
たぶん、それだ。
市場分析でもない。
競合調査でもない。
もちろん、あとからそういうことはやるんだろう。
でも、一番最初は違う。
「自分は欲しい」。
その気持ちなんじゃないかと思う。
アイディアは珍しくない。
僕が思いつくくらいのことは、たいてい昔の誰かが思いついている。
それどころか、ものすごく綺麗な形で実装され、論文まで書かれていたりする。
だから、「もうある」と言われても、それだけでは作る理由は消えない。
むしろ、「なんで勝てなかったんだろう」「なんで今でも欲しいと思う人がいるんだろう」と考え始める。
そこから先人の設計思想を読む。
それがまた面白い。
そして、いろいろ知った上で、それでも「僕はこういうのが欲しいんだけどな」が残ることがある。
だから、作る。
まず自分で使う。
良さそうなら、他の人にも使ってもらう。
この順番で進められるようになったのは、本当に大きい。
さて。
友達にも使ってもらおう。
……たぶん、「それ、もうあるよ」と言われる。