スーパーに行くたびに、物流はすごいなと思う。

例えば、野菜売り場にレタスが並んでいる。

群馬県産、と書いてある。

僕が住んでいるのは神奈川なので、当然ながらこのレタスは群馬からやってきた。

一個ではない。

何十個も並んでいる。

仮にこのスーパーで、一日に50個のレタスが売れるとする。

このスーパーだけにトラックが来るわけではないので、近隣の店舗をぐるっと回っているのだろう。同じ営業ブロックに14店舗あるとしたら、一日700個のレタスが必要になる。

700個。

それが、どこかの市場なり物流センターなりに集まってくる。

さらに遡れば、JAなり何なりがある。その向こうには農家がいる。

農家は一日に何個くらいレタスを収穫するのだろう。

100個?

いや、それでは少なすぎる気がする。

1000個?

5000個くらい採るのだろうか。

畑には、畝に沿ってレタスがずらっと並んでいるはずだ。

一畳に12個くらい植わっているとしよう。

5000個なら400畳ちょっと。200坪くらい。0.06haくらいである。

……意外と小さいな。

いや、そもそも一畳に12個という想定が合っているのかも知らないし、全部が同じ日に収穫できるわけでもない。農業のことを何も知らない人間がスーパーの野菜売り場で勝手に計算しているだけである。

でも5000個を手で採るとしたら、それも大変だ。

一秒に一個採っても5000秒。一時間半近くかかる。

もちろん採って終わりではない。

集める。選別する。箱に詰める。トラックに載せる。

そうして何軒かの農家から集まったレタスが、JAなり市場なり物流センターなりへ集まって、今度は必要な数に分かれていく。

そのうちの50個くらいが、僕の近所のスーパーにやってくる。

そして僕は、その壮大な流れの最終地点で、

「今日はレタス150円か」

とか言っている。

すごい。

すごいよ人類。

しかも、これはレタス一個の話である。

隣にはキャベツがある。トマトがある。じゃがいもがある。

鮮魚コーナーに行けば魚がいるし、精肉コーナーには肉がある。

それぞれ違うところで作られたり獲られたりしたものが、それぞれ別の経路を通って、なぜか今日、このスーパーに集結している。

スーパーには何千種類という商品が置いてある。

一つ一つに、同じような話がある。

調味料コーナーも好きだ。

例えば「オリジナルスパイスミックス」みたいな商品がある。

まず、スパイスはどこから来たのだろう。

一種類ではない。いくつもの原料が、それぞれどこかで作られている。それを誰かが調達して、工場へ運んで、配合して、瓶なり袋なりに詰める。

当然、食品加工なので衛生管理もしなければならない。

HACCPとか。

なんでスパイスを買いに来ただけなのに、僕は HACCP の面倒くささを想像しているのだろう。

でも、それだけではない。

そもそも誰かが、このスパイスミックスを作ろうと考えた。

誰かが配合を決めた。誰かが商品化した。誰かがパッケージを作った。誰かが営業した。

そしてスーパー側にもバイヤーがいる。

世の中に大量にある商品の中から、

「これはうちの棚に置こう」

と決めた人がいる。

そうしてようやく、僕の目の前に一本のスパイスミックスが置かれている。

惣菜コーナーまで行くと、さらに面白い。

今度はスーパーに届いた食材を、店の中で人が加工している。

作る量も考えなければならない。

少なすぎれば売り切れるし、多すぎれば余る。

夕方になると値引きシールが貼られる。

ここにもまた、小さな仕事がたくさんある。

僕は昔から、こういう人の営みを想像するのが好きだ。

ただ、友達や家族にこの話をしても、あまり伝わらない。

まあ、レタスはレタスである。

でも僕には、スーパーの棚に並んでいる何千種類の商品全部に物語があるように見える。

一人一人は、別に人類のために壮大な仕事をしているわけではない。

農家はレタスを作る。

トラックの運転手は運ぶ。

バイヤーは商品を選ぶ。

店員は棚に並べる。

一人一人が、目の前にある小さな仕事をしている。

それが何百、何千、何万とつながって、僕は今日も150円でレタスを買える。

普段、僕は IT の仕事をしている。

「このシステムは複雑だ」とか、「依存関係が多すぎる」とか、そんな話をしている。

もちろん、それはそれで複雑なのだ。

でもスーパーに行って、レタスを見る。

その後ろにある、とんでもない数の小さな仕事を想像する。

俺たちが複雑だ複雑だと言っているものなんて、人間社会が毎日動かしているシステムに比べたら、ずいぶん可愛いものだなと思う。

そしてちょっとニヤニヤする。

すごい。

すごいよ人類。