Xを見ていたら、こんな話が流れてきた。

「プログラマーはわりと生成AIに肯定的な人が多い印象がある」

それに対して、

「5年後くらいにコードを書く仕事がなくなって、プログラマの単価が下がる未来が見えているのに、不思議」

という話だった。

なるほど。

僕はかなり生成AIに肯定的なプログラマである。

せっかくなので、なぜ肯定的なのか考えてみよう。

まず、AIプログラマと言っても、たぶん三種類いる。

  1. AIを使ってプログラムを書く人
  2. AIを使ったプログラムを書く人
  3. AIのプログラムを書く人

今回の話は1番である。

僕はAIの研究者ではない。AIを組み込んだアプリケーションの話でもない。

Claude CodeやCodexに「これ作って」と言って、自分の代わりにプログラムを書かせている側の人間である。

そして、たぶんここが絵師さんやデザイナーさんと少し違う。

実は大部分のプログラマは、「プログラミングしたいからプログラマ」になったわけではないと思う。

いることはいる。

少なくとも僕は違う。

僕たちには、まず「こんなの作りたい」がある。

そのために木工をやったり、鉄工をやったりする。ギアやカムを触って、機械をいじる。電気工作も電子工作もある。

僕もいろいろ齧った。

プログラミングの中に入ってからも、ネットワークをやったり、付属デバイスを触ったり、物理的なユーザーインターフェイスを作ったりした。ジョイスティックとか。

3Dプリンタもあるし、MC加工機で金属を削ることもできる。

ゲームエンジンでゲームを作ることもあれば、ゲームエンジンそのものを作る人もいる。ESP32で動く組み込みアプリを書いたり、Javaアプレットやthree.jsでぐりぐりしたり、Processingでデータをビジュアライズしたり。

いろいろある。

その中で、僕にとって得意だったのがプログラミングだった。

苦じゃなかった。

もちろん、コードを書くのも好きだった。

だからプログラマになった。

でも、コードを書くことそのものが目的だったわけではない。

「こんなの作りたい」が先にある。

そんな人間の前に、生成AIがやってきた。

いよいよオレの代わりに作ってくれる機械が出てきたぞ。やったあ!

そりゃ肯定的にもなる。

「5年後にはコードを書く仕事がなくなるかもしれませんよ」と言われても、コードを書くこと自体が目的ではないのだから、そこまで困らない。

むしろ、そこまでやってくれるようになるのか。

楽しみである。

とはいえ、プログラマという仕事がなくなるかというと、僕はあまりそう思っていない。

みんな、発注できないからだ。

DIYと同じである。

理想の本棚は、自分でも作れる。

料理だってそうだ。理想のカレーは、自分でも作れる。

でも、

「あなたにとって理想の本棚とは何ですか?」

と聞かれると、案外答えられない。

プログラムも同じだと思う。

「うちの酒屋の在庫管理システム作ってよ!」

ここまでは言える。

しかし、その酒屋にとって最高の在庫管理システムとは何なのか。

そもそも、その酒屋にとって在庫管理とは何なのか。

何を管理すればいいのか。どこまで管理すればいいのか。何がわかれば嬉しいのか。今の何が困っているのか。

ここを考えられる人は、そんなに多くない。

だからコードを書く作業がなくなっても、プログラマは残ると思っている。

コードを書かなくなった人をプログラマと呼んでいいのか?

まあ、いいんじゃないだろうか。

エイダ・ラブレスが最初に書いたプログラムとして知られているのは、解析機でベルヌーイ数を求めるための手順である。

プログラマという仕事は、もともとキーボードを叩いてソースコードを書くことだけではない。

機械に何をさせるか考える。

それもプログラミングである。

もちろん、生成AIが嫌なプログラマの気持ちもわかる。

例えば競技プログラミングなんかは、ちょっと違うだろう。

「これを作りたい」ではなく、「オレの方が上手く書ける」を競っているところに、人間より上手く書くAIが入ってくる。

それは怖い。

料理にすると、この違いがわかりやすいかもしれない。

料理人は「オレの料理が一番美味しい」という自負はあっても、「オレの包丁さばきが一番だ!」だけを目的にはしていないだろう。

だから完璧な全自動調理器ができたら、案外喜ぶんじゃないだろうか。

「ふーむ。じゃあ次は……ミルポワなんだけど、アッシェを1cmから5mmに変えて、炒め時間は短めにしてみよう。これで今のルセットがどう変わるか……」

楽しい。

試行錯誤し放題である。

プログラマにとって、生成AIは今のところかなりこちらに近い。

一方で、絵師さんは大変だと思う。

もちろん絵を描く人にもいろいろいるので一括りにはできない。

ただ、生成AIは「絵を作るための面倒な作業」だけを代替したわけではない。

表現そのものの領域に入り込んでいる。

それなら「仕事を奪われる」という感覚になるのもわかる。

では、AIが「何を作るか」まで考えられるようになったらどうだろう。

そこまで行けば、いよいよプログラマもいらないかもしれない。

でも、それはそれで便利そうなんだよな。

これは料理屋で例えると、たぶんこんな感じである。

「何食べたいですか?」

「なんでも良いけど、なんかいいのちょうだいよ」

「今日はいいアジ入ってますよ」

「お。良いねぇ。オススメは?」

「刺身、タタキ、なめろう……そうですね。天ぷらにして、なめ茸おろしでってのはどうです?」

「それでお願い。合わせるのも頼んだよ」

「承知しました。ちょい辛口の冷を、オススメのブレンドでやっておきますね。お待ちの間にこちらの作業を。この作業をすることで、今回の食費がちょうどゼロになります」

「わかった。やっておくよ。ちょうど良いな、この作業……」

……素晴らしい時代だ。

早く来ないかな。